灘簡易裁判所 昭和37年(ハ)63号 判決 1963年11月11日
原告 国
訴訟代理人 川村俊雄 外二名
被告 申原義雄
主文
被告は原告に対し別紙目録記載(三)の建物を収去してその敷地を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
別紙目録記載(一)の土地(以下単に本件従前の土地という)は、もと訴外河東利男の所有であつたのを、訴外山下親が買受け、さらに農林省が右山下から買受け現に所有していること、右本件従前の土地は別紙目録記載(二)の土地に仮換地の指定を受けたこと(この土地を以下単に本件仮換地の土地という)、本件従前の土地上に被告所有のバラック建物があつたが、これを本件仮換地の土地に移築し別紙目録記載(三)の建物とし、(以下単に本件建物という)現に被告及び被告の家族が居住していること、などの事実については当事者間に争がない。
そこで、まず第一に、原告は指定をうけた本件仮換地の土地上に所有権同様の物上請求権を及ぼしうるかが問題である。
一般に、仮換地の土地についても、将来換地が円滑になされることが必要であることからみて、従前の土地の所有者は、その指定をうけて後は、仮換地先の土地に対しても所有権同様の物上請求権を有するとみるのが相当である。従つて、原告は、その指定をうけた本件仮換地の土地に所有権同様の物上請求権を及ぼしうると認められる。
それでは、被告は、本件仮換地の土地上に、建物を所有しているものとして、原告の右物上請求権の行便を排除しうる何らかの権原か存在するかが問題である。
そこで、まず第一に、被告は、本件従前の土地の元所有者河東利男から、その土地管理人浅原喜太郎を通じて、右土地を賃借したから、その地位を、次の所有者山下親を通じて現在の所有者たる原告が承継しているから、本件従前の土地に対して被告は賃借権があり、従つて本件仮換地に対しても、原告に対して賃借権同様の権原を以て原告に対抗できる。というけれども、証人河東利男及び同山村宗松の証言から、浅原喜太郎は河東利男の土地管理人であつたことはなく、単なる河東利男の土地の賃借人にすぎなかつたこと、従つて浅原喜太郎から河東利男の土地を賃借しても河東との間に賃貸借契約が成立したことにならないし、浅原が無断で被告に転貸したとしても河東はそれを承認していなかつたこと、それ故被告は河東及び原告に対して賃借権を主張できないことが認められる。
第二に、被告は本件従前の土地の前所有者山下親と右土地に対して賃貸借契約を結び地代を払つていたのて、山下親の地位を承継した原告に対して賃借権を以て対抗できるというから検討する。
証人山下親の証言及び同証人の証言によつて成立の認められる甲第一号証から、本件従前の土地の前所有者山下親は、右土地の一部を被告に賃貸していたとは認められないし、山下親が被告から地代の支払をうけたが、それは、山下が被告に度々立退いてくれるよう要求したが、行先がないということで立退いてくれないので、使用損害料のつもりで受けたのであり、百歩譲つて、山下が本件従前の土地を被告に賃貸したとしても、それは立退先をみつけるまでとの一時的賃借にすぎなかつたことが認められるから、いずれにしても、被告は山下並びにその地位を承継した原告から要求をうければいつでも立退かねばならない性質のものであることが認められるのである。(なお、成立に争なき乙第七号証の二、及び同第一〇号証により、原告が山下から本件従前の土地を売買により原告に登記したのが、昭和二四年三月三一日であり、被告が本件建物に保存登記したのが昭和三七年一二月六日であるから、被告と山下との間に建物所有のための土地賃貸借契約があつたとしても、被告はそれを以て原告に対抗できないところであるが、前認定のごとく被告に賃借権がないとすればこの問題は論ずるまでもない)。
次に、被告は、原告は被告の賃借権を認めていたというから検討する。
証人原田勝、同的場憲一の証言から、原告は、被告の本件従前の土地及び本件仮換地の土地についての賃借権を承認したことがないことが認められるのみならず、証人上島正男の証言によつて、神戸市においても、被告が本件従前の土地に賃借権その他の権利あるものとして、本件仮換地の土地使用範囲の明示をしたものでないことが認められる。
以上から、被告は本件従前の土地及び本件仮換地の土地に対して、これを便用占有すべき賃借権或は原告に対抗しうる権利があるとは認められないから、原告がその所有権と同様の物上請求権の行使として、被告に本件仮換地の土地上の被告の本件建物を収去してその敷地の明渡を求めるのは理由がある。
ところが、被告は、原告が右の請求をするのは権利の乱用であるというから検討する。
既にみたごとく、本件従前の土地は原告の所有であり、従つて原告は本件仮換地の土地にも支配力を及ぼしうるのであり、一方被告は、右いずれの土地に対してもこれを使用占有すべき権利がないのであり、証人原田勝の証言によつて、原告農林省は、職員の宿舎少なく、遠距離から通勤している者が多くあることが認められるからこれらの者に宿舎を与え国家事務の遂行を円滑にする必要のあることから、原告が物上請求権同様の権利を行使して被告に本件仮換地の土地にある本件建物を収去してその敷地の明渡を求めることは権利の乱用ではない。
尤も、成立に争なき乙第四号証の一及び二並びに弁論の全趣旨から被告にも種々の同情すべき事情のあつたことが認められるが、前記のごとく認定する上から、原告の権利行使はとうてい権利の乱用というべきでない。
又右のごとくであるから原告の右権利行使は適法であつて憲法に違反するものでないし、反社会的な権利行使でもない。又、農林省といえども職員多数を擁して多量の国家事務を遂行しなければならないことは公知の事実であり、その職務の遂行を確保することも、個人と同様に必要なことであるから、農林省がそのため努力を払うことは必要ですらあつて権利の乱用となるものでないことが認められる。
さらに農林省等各省の事務は国の事務であるから、国が代表して当事者となることも、その訴訟行為について一定の者を指定して訴訟行為を行わすことも、そして本件において指定された者が指定代理人として訴訟行為をなしたことも、すべて適法であるから、これらについての被告の非難は当らない。
よつて原告が、別紙目録記載(三)の建物を収去してその敷地の明渡を求める本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを附さないのを相当と認め、その申立を却下して主文のとおり判決する。
(裁判官 中沢徳)
目録<省略>